本堂も本尊も大きい。そこまでの長い登廊を行く。山を背にした谷間に広がり、西国札所でも大寺の一つ。ゆるやかな石段沿いに白壁の築地塀が延びる。ボタンの花の名所として有名だが、他にも多彩な花々が美しい寺を飾る。長谷観音と花の寺である。
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十月上旬~十二月下旬
長谷の里は泊瀬、初瀬とも書かれた。三方を山で囲まれている。寺も山と一体になる。門前町は初瀬(はせ)川沿いに長く延びている。そこは伊勢参りでも賑わった旧伊勢本街道。歴史も活気もある門前町である。とくに草餅の店が多い。こんな門前町の一角に番外札所の法起院がある。 長谷寺には国宝の「銅版法華説相図」がある。別名は千仏多宝仏塔。方形の銅版の中央に多宝塔、周囲に三尊仏、七尊物、千仏などを浮き彫りにした寺宝で、下部に長い銘文がある。それによると、道明上人が飛鳥浄御原の天皇のために成年に造立したという。これにより天武天皇の朱鳥元(686)年を創建の年としている。 その後、神亀4(727)年に徳道上人が十一面観音を安置し、観音信仰の寺になった。開基はこの徳道上人。『枕草子』など平安文学に「初瀬詣で」がしばしば紹介され、清水寺や石山寺と並んで賑わった様子が描かれている。当日の建物は何度かの火災のために残っていない。 仁王門を入ると長い登廊が山腹の本道へ通じている。屋根付きの回廊形式で、途中で二度折れ曲がる。長さ200m、399段。天井からは長谷型灯籠が下がって風情もひとしお。境内一円で見られるボタンの花もここから見るのが最も美しい。 本堂の正堂(内陣)は間口九間、奥行き五間。その前に礼堂を設け、表は広々とした舞台造り。木造建築物としては東大寺大仏殿、吉野山蔵王堂に次ぐ規模という。 慶安3(1650)年に徳川家光が再建した。堂内に安置されていた本尊十一面観音像も木造では国内最大級。金色の姿を仰いで圧倒される。天文7(1538)年の作といわれ、本堂とともに国の重要文化財。 境内は広く、地形は変化に富む。そこに多くの堂舎がある。花の寺でもある。ボタンだけでなく、桜、シャクナゲ、アジサイも多い。 当山は山号を豊山(ぶさん)と称え、寺号と長谷寺(はせでら)と申します。「こもりくの泊瀬山」と万葉集にうたわれていますように、この地は昔は豊初瀬(とよはつせ)、泊瀬(はつせ)などと美しい名でよばれていたので、初瀬寺、泊瀬寺、豊山寺とも言われていました。 朱鳥(あかみどり)元年(686)道明上人は天武天皇のおんために銅板法華説相図(千仏多宝仏塔)を西の岡に安置され、のち神亀4年(727)徳道上人は、聖武天皇の勅を奉じて、衆生のために東の岡に十一面観世音菩薩をおまつりになられました。上人は観音信仰にあつく、西国三十三箇所観音霊場巡拝の開祖となられた大徳であり、当山を三十三所の根本霊場と呼ぶいわれであります。 現在長谷寺は真言宗豊山派の総本山として、また西国三十三観音霊場第八番札所として、全国に末寺三千余ヵ寺、檀信徒はおよそ三百万人ともいわれ、四季を通じ「花の寺」として多くの人々の信仰をあつめています。
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