第三十番 宝厳寺 : 西国三十三所

宝厳寺は、神亀元年(724)聖武天皇の勅願により僧『行基』が開基した寺院。豊臣秀吉の遺命により京都東山「豊国廟」より移築された西国第三十番札所観音堂・唐門、藤原時代の工風を忠実に再現した高雅華麗な大辯才天堂などがある。 特に「唐門」は豊臣期の大坂城の唯一現存する遺構として有名。琵琶湖に浮かぶ島の景趣は「深緑 竹生島の沈影」として有名である。

御詠歌  月も日も 波間に浮かぶ 竹生島 船に宝を 積むここちして
宗派 真言宗豊山派 開基 行基
御本尊 千手千眼観世音菩薩(観音堂) 創建 神亀元(724)年

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住所
〒526-0124 滋賀県東浅井郡びわ町早崎竹生島1664
交通
  • 長浜・彦根・今津の各港より 汽船約25分〜40分
駐車場
(各港に有り・台数は港により30〜100台くらい)
拝観料
当山は無料
(但し、上水道・下水道などの管理の為、「竹生島奉賛会」が400円を徴収している)
拝観時間
9:30〜16:30 (観光船)
納経時間
拝観時間に同じ (観光船就航時間)
電話
0749-63-4410
ウェブサイト
http://www.chikubushima.jp
元旦~四日 修正会
二月一日~四日 星祭(節分会)
三月一日~三日 島繋ぎ神事
八月一日 琵琶湖祭
八月三日 祈願祭(仏餉会)
八月十五日 蓮華会
十月二十日 蚕糸祭
毎月十五日 天女会
毎月十八日 観音会

竹生島宝厳寺は、神亀元年(724)聖武天皇が、夢枕に立った天照皇大神より「江州の湖中に小島がある。その島は弁才天の聖地であるから、寺院を建立せよ。すれば、国家泰平、五穀豊穣、万民富楽となるであろう」というお告げを受け、創行基を勅使にとしてつかわし、堂塔を開基させたのが始まりです。行基は、早速弁才天像(当山では大弁才天と呼ぶ)を彫刻しご本尊として本堂に安置。翌年には、観音堂を建立し、千手観音像を安置しました。

それ以来、天皇の行幸が続き、また伝教大師、弘法大師など来島修行されたと伝えられています。

当山は、豊臣秀吉との関係も強く、多くの書状、多くの宝物が寄贈されています。慶長七年(1602)には、太閤の遺命により、秀頼が豊国廟より桃山時代の代表的遺稿である観音堂や唐門などを移築させています。 特に「唐門」は、豊国廟に移築される更に前には大坂城にあった「極楽橋」の一部分が元であったとされ、豊臣期の大坂城の唯一現存する遺構として大変に貴重な建物です。 明治時代、この島は大きく変化し、当山より都久夫須麻神社(竹生島神社)が分かれました。古来、現在の神社本殿を当山は本堂とし、本尊大弁才天を安置しておりましたが、明治元年(1868)に発布された『神仏分離令』により大津県庁より、当山を廃寺とし、神社に改めよという命令が下りました。

しかしながら全国数多くのご信者皆様の強い要望により廃寺は免れ、本堂の建物のみを神社に引き渡すこととなりました。本堂のないままに仮安置の大弁才天でしたが、昭和十七年現在の本堂が再建されました。本尊大弁才天は、日本三弁才天の一つとして、観世音菩薩は西国三十三ヶ所観音霊場の第三十札所として参拝の方々の姿が絶えずその詠歌の声が響いています。

月も日も 波間に浮かぶ 竹生島 船に宝を つむ心地して

古くは平経正が琵琶をひいて戦勝を祈願し、謡曲『竹生島』など数多くの音曲にもこの島の美しさがたたえられています。いまもなお、神秘とロマンが一杯に秘められています。