第十七番 補陀洛山 六波羅蜜寺
空也の寺/源平両氏の中心史跡/西国第十七番札所霊場
参詣ガイド 地図 大きな地図で見る
- 住所
- 〒605-0813 京都市東山区ロクロ町81-1
- 交通
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- 京阪清水五条駅から徒歩8分。
- 阪急河原町駅から徒歩15分。
- JR京都駅から市バス約10分、清水道下車、徒歩約10分。
- 駐車場
- 有 (市営清水阪、約60台)
- 拝観料
- 入山料無料 令和館拝観料
大人 600円
大学生・高校生・中学生 500円
小学生 300円
※30名様以上の団体の場合50円は各引き - 拝観時間
- 開門 8:30, 閉門 16:30
令和館 開館9:00, 閉館16:15 (受付終了16:00)
※行事期間によって、変更されることもあります - 納経時間
- 同上
- 電話
- 075-561-6980
- ウェブサイト
- https://rokuhara.or.jp
- SNS
正月 | 初詣 皇服茶授与 開運厄除祈願 福徳自在初稲穂授与 |
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一月十七日 | 初観音 |
二月 | 節分会開運厄除祈願 星まつり |
三月 | 彼岸会 |
八月八・九・十日 | 萬燈会厳修 |
九月 | 彼岸会 |
十一月三日 | 巳成金弁財天特別祈願会 |
十二月十三日~除夜 | 空也踊躍念仏厳修 |
毎月一日・十六日 | お聖天さまの御縁日 |
毎月七日 | 都七福神の一 巳成金弁財天御縁日 |
毎月十七日 | お観音さま御縁日 御写経納経会 |
六波羅蜜寺は、天暦5年(951)醍醐天皇第二皇子光勝空也上人により開創された西国第17番の札所である。
当時京都に流行した悪疫退散のため、上人自ら十一面観音像を刻み、御仏を車に安置して市中を曵き回り、青竹を八葉の蓮片の如く割り茶を立て、中へ小梅干と結昆布を入れ仏前に献じた茶を病者に授け、歓喜踊躍しつつ念仏を唱えてついに病魔を鎮められたという。(現在も皇服茶として伝わり、正月三日間授与している)
現存する空也上人の祈願文によると、応和3年8月(963)諸方の名僧600名を請じ、金字大般若経を浄写、転読し、夜には五大文字を灯じ大萬灯会を行って諸堂の落慶供養を盛大に営んだ。これが当寺の起こりである。
上人没後、高弟の中信上人によりその規模増大し、荘厳華麗な天台別院として栄えた。平安後期、平忠盛が当寺内の塔頭に軍勢を止めてより、清盛・重盛に至り、広大な境域内には権勢を誇る平家一門の邸館が栄え、その数5200余りに及んだ。寿永2年(1183)平家没落の時兵火を受け、諸堂は類焼し、独り本堂のみ焼失を免れた。
源平両氏の興亡、北条・足利と続く時代の兵火の中心ともなった当寺はその変遷も甚だしいが、源頼朝、足利義詮による再興修復をはじめ火災に遭うたびに修復され、豊臣秀吉もまた大仏建立の際、本堂を補修し現在の向拝を附設、寺領70石を安堵した。徳川代々将軍も朱印を加えられた。
現本堂は貞治2年(1363)の修営であり、明治以降荒廃していたが、昭和44年(1969)開創1,000年を記念して解体修理が行われ、丹の色も鮮やかに絢爛と当時の姿をしのばせている。
なお、解体修理の際、創建当時のものと思われる梵字、三鈷、独鈷模様の瓦をはじめ、今昔物語、山槐記等に記載されている泥塔8,000基が出土した。重要文化財の質、量において文字どおり藤原、鎌倉期の宝庫と謂われる所以である。
札所一覧
- 第一番 青岸渡寺
- 第二番 金剛宝寺
- 第三番 粉河寺
- 第四番 施福寺
- 第五番 葛井寺
- 第六番 南法華寺
- 第七番 岡寺
- 第八番 長谷寺
- 第九番 南円堂
- 第十番 三室戸寺
- 第十一番 上醍醐 准胝堂
- 第十二番 正法寺
- 第十三番 石山寺
- 第十四番 三井寺
- 第十五番 今熊野観音寺
- 第十六番 清水寺
- 第十七番 六波羅蜜寺
- 第十八番 六角堂 頂法寺
- 第十九番 革堂 行願寺
- 第二十番 善峯寺
- 第二十一番 穴太寺
- 第二十二番 総持寺
- 第二十三番 勝尾寺
- 第二十四番 中山寺
- 第二十五番 播州清水寺
- 第二十六番 一乗寺
- 第二十七番 圓教寺
- 第二十八番 成相寺
- 第二十九番 松尾寺
- 第三十番 宝厳寺
- 第三十一番 長命寺
- 第三十二番 観音正寺
- 第三十三番 華厳寺